ボディーボードインストラクター兼メンタルトレーナー YUMIE(ユミエ) ボディーボードインストラクター兼メンタルトレーナー YUMIE(ユミエ)/1973年10月4日、千葉に生まれる。2歳で「感音声難聴」にかかる。18歳でボディボードと出会う。初の世界大会参戦で、当時日本人として最高の9位入賞という快挙を成し遂げる。2009年WDSAハワイ準優勝引退後、ボディーボードインストラクターとして現在活躍中。

補聴器という一つの機械ではない 私の新たな耳

補聴器を使用してきて良かったことは、測り知れないほどにあります。
生まれて初めて聞く音がいまだにまだあると言うこと。
新しい音の発見や、「音のもと」=「音源」を探すのがとても楽しく、またその音をその周りにいる大切な人だったり、友人だったり、家族と分かち合えることが何より幸せです。

季節ごとに訪れてくる音ってありますよね?
春の風の音、夏の元気なお祭りの音だったり、それを楽しむ人の声だったり、秋になれば虫の鳴く音だったり、落ち葉がカラカラ言う音だったり、冬になればシーンとした音でさえもあります。
そういった多彩な音は、補聴器を通して、発見できた音が沢山あるんです。
聞こえない私だって、逆に私だからこそ聞こえる世界があるってことを導いてくれた。
普通の人が普通に聞いている音が、私にはまるで冒険をしているみたいな「音の世界」なんです。

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新潟での講演会を終えて

2009年9月11日(金)

親しく人懐こいような とても温かく迎え入れてくれた新潟

新潟には前に一度ボディボードの大会で来たことがありました。
その時はとても温かく迎え入れてくれました。普通、海の世界は厳しく他人を受け入れないところがあるのに、新潟のサーファーは逆で人がとても温かいんだなあと思いました。
今回は海ではなく、町。
思っていたよりも寒くなく、お人柄も海同様やはり人懐こいような、すぐに受け入れてくれるような、人見知りしない土地柄なのかなと思うほど、みなさんがとても親しく話しかけてくださいました。それがとても印象に残っています。

新潟県立聾学校講演会での 生き生きとした生徒たちとのふれあい

校長先生含めとても素晴らしい学校で、生徒さんがみんな生き生きしていたこと、また積極的に質問をしてくれる生徒さんがいたことなど、とても明るく元気で、こんなに素晴らしい学校で講演が出来たことを光栄に思います。
また、真剣に聞いて下さった生徒さんにいつか必ず来るであろう「壁」を乗り越えてね、頑張ってねと、まるで兄弟のような気持ちが生まれました。
私が通り過ぎてきたいくつもの壁を思い出して、それと同じような壁が来るだろうなと思いつつ、「だけど行くのよ!頑張るのよ!」と強い気持ちで話ししたかったので、思いが通じたらいいなと思います。

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メッセージ 〜聴こえが不自由な方へ〜

聞こえないことは決して不幸ではない。むしろ自分自身をしっかりと観るチャンス。

耳が不自由だと、大勢の会話が聞き取れなかったりして、友人大勢でいると、孤立されたような気がしてしまうことが時々ありますよね。
また電話が出来ないと、何かあったときや、すぐに対応したいときに本当に困ってついつい耳が聞こえないことを責めたりしてしまいますよね。

やはり、普通にみんなが聞こえてる世界だからこそ、つい、比べて悲しくなることも沢山ありますよね。
でも、そこはきっと自分に与えられたメッセージがあるはずです。

私は耳が聞こえなかったからこそ、他の人にはない世界観があります。

それは自然の声が聞こえること。
私が最も尊敬するネイティブアメリカンが言った言葉に

「昔、樹や風や鳥、動物たちは皆兄弟で、助けあっていた。
今、もしもお前たちが樹に耳を傾けさえすれば樹はいつでもお前たちに話しかけるだろう。
そして皆はいつでもお前たちの声を聞いている。
私たちがいつでもその気になりさえすればどんな音だって聞くことはできるのだ。」

私はそういう「耳」を持つことができたと思っています。
昔、人が話すことが聞こえなくて、会話が怖くて逃げていたときに父親に相談しました。
「お父さんみんなが何を言っているのか聞こえないよ。だから何をどうしたらいいかわかんないの」
「そんな時は樹や、花に話しかけなさい。ゆみえちゃんの言葉を必ず聞いてるから」
それで、私はいつでも樹や花に、そして鳥や動物に話しかけていました。

人間のように、話す言葉は返ってこないけれど、沈黙の中に伝わってくる言葉というものが必ずあります。そういったメッセージをキャッチできる機会に恵まれたことに感謝すると同時にそれは私が聞こえないから気づけたことだと思っているのです。

今の私は大きな母なる海の世界に浸かっています。
潮の満ち引きや、遙かな沖合でもたらされている自然のうねりに乗って、浜辺まで泳ぐ波乗りという世界で「母なる海」で、聞こえなくても私は、私自身と会話をしています。

それは自分自身と対話すること。
「聞こえない」自分をどうやって愛してあげるか?
どのようにして多くの人とコミュニケーションをとるか?
そして「聞こえないけれど」なにが出来るか?
そういうことを常に問いかけています。

答えは必ずあります。
聞こえないからこそ自分自身としっかり向き合えた。
そうゆうチャンスをくれたんだと今は感謝しています。

みなさんにも何故、自分だけが聞こえないのか?
そしてどうやってそういう自分と付き合っていくか?
そういうところにメッセージを見出せたらきっと「聞こえないこと」は素晴らしいものに変われると私は信じています。

聞こえないことは決して不幸ではない。むしろ自分自身をしっかりと観るチャンスなのかもしれない。

時として悲しくもなるけれど、それは人に優しくなれるということ。
不便だなと感じることもあるけれど、それもまた他の人にないコツをつかむチャンスでもある。
こう考えると、他の人にないチャンスをいくつも無限に与えられているようで、実は他の人にない能力を携わることになる。

だから聞こえないことは実は「宝物」
そんな風にみなさんも変われると思ってます。

どうか贈り物が来ますように。

YUMIE

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プロフィール

1973年 10月4日、東京都大田区にて誕生
1975年 2歳の時に両耳の聴力を失う
1976年 3歳の時、リオネットセンターにて初めてリオネット補聴器を使用
1991年 私立東京高等学校 卒業
伊豆白浜にてボディーボードと出会う
1994年 インテリアカレッジオブアーツ専門学校 卒業
2002年 千葉県一宮町を拠点とする
2003年 JOB(※1)プロテスト合格
2007年 TBS系列「情熱大陸」に出演(2月18日)
『虹を見上げて』発行/発売:サンクチュアリ出版
『聴こえなくても私は負けない』発行元:角川書店
2008年 TBSイブニングファイブ出演
2009年 6月テレビ東京「生きるを伝える」出演
メンタルトレーナーの資格を取得

※1 JOB:日本のプロボディーボーダーの組織

競技成績

1994年 東京一区 3位
1998年 千葉東支部 6位
2000年 バリOMツアー ガルーダカップ 4位
2001年 GOB(※2)冨士子メモリアル ターチーカップ 9位 
2003年 JOBプロランキング 35位
2004年 AWB(※3)パイプラインコンテスト クォーターファイナル 進出
JOBプロランキング 26位
2005年 世界初のWDSA(※4)オーストラリア大会にて優勝
JOB第一戦田原カップ 9位
JOBプロランキング 17位
2006年 T&C surf women’s pipeline pro 9位入賞(ハワイノースショア)
INGLESPRO 9位入賞(オーストラリア サーファーズパラダイス)
IBA世界ランキング11位(日本人最高位、2006年12月現在)
2007年 Choros pipeline pro 5位入賞 most インスパイレーション賞受賞
2008年 Pipeline pro women’s bodyboarding championships 17位
現在 Pipeline TIDAL9 women's pro13位 7月WDSA(※4)ハワイ 準優勝引退後、
ボディーボードインストラクターとして活躍中。

※2 GOB:IBAに変更前の名称、ワールドツアーを運営しているボディーボーダーの組織
※3 AWB:女性のための世界のボディーボーダーの組織
※4 WDSA:聴覚障害者の男女混合世界選手権

関連サイト

公式サイトBody Board JAPAN in YUMIE http://www.yumie.in
YUMIE BLOG http://www.go-naminori.com/yumiekouchi
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株式会社ヒヤリング・ヘルスケア

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